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このブログは、管理人が、気の向くままに、酔っ払いのように好きな事を書くブログです。
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この二年間は、力を得た二年間だった。

まだ、来年の秋まで自分にとってのこの時間はつづいていくのだけど、
本当に大きなものを得たと思う。

その一歩一歩は、すごく日常的なことで、
いろんな人や場所とのかかわりがきっかけになっていた。

ある日の気づき。
その気づきの積み重ね。

知ること。そして、できるようになること。

得たものの大きさは、今すごく実感しているし、
いつか自分がみた夢の先に、いるのも感じる。

歩くべき道を歩いてきたんだなあ、と思った。

最初に何か決意したのはいつだったっけ。
たしか、高校くらいだったかな・・・。

あれから12年くらいたった。

あの時、手の中には何にもなかった。
でも、今は、手の中はいろんなもので満たされてる。

「虚しく行きて、満ちて帰る」
弘法大師空海の言葉。

今日大阪からの帰りの電車の中で、ふとその言葉を思った。

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最近、どうも英語を話す機会が多い。
なんでやろ、10年くらいブランクあるし、
語彙が足りないから、けっこう苦手なんだけど。

で、久しぶりに高校のときの英語の文法の教科書を開いてみた。

感想は、思ったほど難しくはなかった。
でも、ぜんぜん覚えてない複合動詞は多い。

そのほか
be + to 不定詞 なんて、まったく記憶にございません・・・。

でも今になって体系的に見直してみると、けっこう面白い。
まあ、高校のときは嫌いだったけど。

自分って、英語の論理的理解が苦手だったんじゃなくて、
文法が苦手だったんだじゃなくて、
その中の、いくつかの部分をわかってなかったんだなあ、と理解。

面白いもんだ。

高校以来、勉強なんてぜんぜんしてないけど、
むしろ、理解は深まってて、熟成されてるのかも。

もうちょっとのぞいてみようっと。
台風の影響で、だと思うが、
風がつよくなってきた。

でも、まあ、まだそれほどではないんだけど、
結局、こっちへは来るのだろうか。・・。

実は、風は、けっこう好きかも。

高校の時とか、逆風の中ちゃりこいでた時はつかれたけど、
基本、強い風が好きかも。

もっとふけーとか、おもってたし。

風の精霊ジンとか、そういうのがいて、
魔法使えたらいいのに、と思ってみたり。

あ、そういや、スキー行くときの風は最高。

夏ももう終わり。
また季節が変わっていくんだねえ。

昨日は、足羽山の自然史博物館というところに行ってみた。

クリスタルというか、水晶の特別展を見にいった。

まあ、その企画は、前からちょっと見てみようかな、
と思っていたんで、たまたま空き時間によってみた。

最近、いろいろ石を扱っているので、
けっこう興味しんしん。

まあ、結局、ぼーっといろんなことを考えながら、
ゆっくりまわって、最後は、眺めがいいというので屋上へ。

屋上は、いい風がふいていて、福井市内が見渡せる、とても
いい感じの場所だった。

このまちに生まれ育って初めて、こんな場所があることを知って、
なんだか、うれしかった。

ビルの屋上って、なんか、好きだな。

いい風が吹いてるし、屋上へあがるまでの建物のボロさと
屋上へでてからの爽快感が、いいんだよね。

ぱっと視界がひらけて、強めの風を感じる感触。
んで、もちろん、誰もいない。

こういうとこは、なんとなく悲しいときに行きたくなる。
四国で一人ぼっちであるいてたことも思い出した。

ちょっとセンチメンタルかな。
人を幸せにすると、自分が幸せになれる。
自分を幸せにできる人は、人も幸せにできる人。

人に喜んでもらうってのは、案外難しい。

相手のいいなりになればいいってもんじゃない。

自分の気持ちとかいろんなことと、相手に必要なことを
しっかりみきわめないと。

相手だって、本当に必要なことが何なのか、
わかってないことだってよくあるんだから。

その人の口が発する「言葉」じゃなくて、
相手の魂が発する声を聴かなくちゃ。

相手の魂が喜ぶことをしてあげたいものだ。
人生では、常に「楽」で「楽しい」という事はきっとありえない。

「幸せ」を受け取れば、後ろから必ず「不幸」も訪れる。

まあ、つらいことや悲しいことも楽しめれば、
それでいいのだけど、なかなかそれもむずかしい。

最近よく思うのは、
きっと人生の中では必ず「悲しみ」や「つらさ」という気持ちを
「一定量」以上は味わうことになっていて、
そこから逃げることはできないんじゃないかなってこと。

まあ、人は、それを「苦しみ」とか「不幸」と呼ぶのだけど、
それは、たぶん自分の欲のせいなんだと思う。

「未来や未知への不安」や「失うことへのおそれ」
それが、人間の心に悲しみや恐れや苦しみを生み出して、
「不幸」という実体のないものを生み出しているものの正体な気がする。

生命や魂は、たぶん、水のように循環していて、
あるとき、誰かと一緒にいることもあれば、一時はなれることもある。

海で一緒だったり、大気中で一緒だったり、
半分水もくさった側溝で一緒だったり、川で一緒だったり、
池で一緒だったり、、、

まあ、そんなこんなで、くっついたり離れたりしているんだと思う。

一人を体験する事もあるし、だれか好きな人と一緒にいることもある。
満たされた気持ちを感じる事もあるし、みじめな思いを抱くこともある。

一人の人間なんて、きっと大河の中の水の一滴みたいなもん。

いろんな事を経験して、いろんな思いをもって、
いろんな感情を抱いて、いろんな人と出会う。

いつかは、みんな母なる海か山に還っていくんだろうし、
そこから、また、旅をしなきゃいけないときもくる。

生きてたって、死んでたって、すべては循環していく。

愛は循環、循環は食物連鎖、
食物連鎖は命っていうエネルギーを与える事。
愛は供養、神や仏は命のエネルギー。

エネルギーはいつもぐるぐる回って、
全体を見れば、増えたり、減ったりしない。

誰かを助けることは、愛すること。
誰かを思うことも、愛すること。

誰かを助ければ、誰かに助けられ、
誰かを愛すれば、誰かに愛される。

それが循環ということ。
かわり続けるがゆえに、かわらないこと。


かなしい事も、つらい事も、
一定量あって、いつかはやってくる。
ピンポーンって、呼び鈴押してやってくる。
居留守つかったって、逃げることなんてできない。

だから、かなしい時は、めいいっぱい悲しむしかない。
泣きたいときは、泣くしかない。

それが、いましなきゃいけないことだから。

苦しまなくちゃいけないなら、
のたうちまわって苦しめばいい。

それは、雨がふるみたいなもんなんだから。

変化はいつも大切なことを教えてくれる。

悲しみも、喜びも、寂しさも、いろんなことは、
順番に遊びに来てくれる友達みたいなもんかもしれない。

まあ、悲しい気持ちやつらい気持ちに変わりはないんだけど、
すくなくとも、それが必要なことなんだって事だけは、
いつも心に留めておきたいと思う。

この間、久しぶりに大学時代の友人を話をする機会があって、

足首の柔軟性が、とても大事なのだということを知った。

そして、もうひとつ思ったこと。

丹田を中心とした円が二つ。

ひとつは両肘、両膝を結んだ内円。

もうひとつは、両手首、両足首を結んだ外円。

それらを意識することで、丹田が使えるように思う。
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趣味:
昼寝、たまに音楽
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管理人はもぐらです。
もぐらは動物と植物と環境の友情を考えています。

別に環境保護にも、動物愛護にも興味はありませんが、人間中心の発想にも興味はありません。

もぐらの一生は、自分の仕事をまっとうすること。
そして自分の心より宝物を発掘すること。

この世界は完璧でないがゆえに美しいのだ、
そう思って生きています。
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